髀肉の嘆(ひにくのたん)

「髀肉の嘆(ひにくのたん)」とは、

「髀肉の嘆をかこつ」とも「皮肉の嘆」ともいいます。

 

この意味は、将来を見出せず、

不遇な状態におかれていることをいいます。

 

この言葉は、

「蜀志・先主伝」のエピソードが基になっています。


蒼天航路より画像引用

髀肉の嘆が生まれた背景

劉備は流浪の人生を送っており、

この時の劉備は、荊州の劉表にお世話になっていました。

 

劉表からは厚待遇で迎えれれており、

新野の城も貰っていました。

 

また荊州にいる時の劉備は、

平和にのんびりと過ごしていました。

 

ある時、太ももの内側に大きな贅肉(ぜいにく)がついている事に気づき、

その贅肉を見た劉備は、涙します。

 

その涙の跡がある劉備に対して、

劉表は「どうしたんだい?」って質問します。

 

劉備はつぎのように答えます。

「戦場を駆け回っていたころは、

太ももの内側に贅肉がつくなんてありえませんでした。

 

それが今では太ももの内側に贅肉がついていしまってます。

年齢も重ねているのに、まだ志一つかなえておらず、無念です。」と。

まとめ

劉備は、荊州で平穏に過ごす中、

体が怠けてしまった事をなげいていますが、

 

劉備が、荊州で過ごした日々は、後の劉備に多大な恩恵を与えています。

 

この時の荊州は非常に平和であり、

多くの賢人がこの荊州に集まってきている学術都市でした。

 

また荊州に住んでいる多くの賢人とも出会います。

後に劉備軍に多大な影響を与える諸葛亮・龐統・馬良なども、

ここ荊州で、劉備の仲間になっています。

 

特に諸葛亮・龐統との出会いは、

劉備にとって人生を変えるほどの大きな出会いだったことは間違いありません。

 

そう考えると、皮肉ですね~♪

 

なにが人生に良い影響を与えるか分からないのですから。