関羽(雲長)が美髭公と言われた由来

 

関羽は立派な口髭を備えており、

「美髭公」と別名で呼ばれたりしていました。

 

三国志演義では、関羽が曹操に降伏した際に、

献帝に拝謁するシーンがあるのですが、

 

関羽の口髭を見た献帝は、あまりの立派さから、

「卿(けい)は、本当に美しい髭を持った美髭公ですね」と言っています。

 

三国志演義の話ではありますが、

これが「美髭公」の由来だと言われています。

曹操から髭袋を貰う

曹操の元で世話になっていた関羽は、

曹操に髭についての悩みを相談したことがあります。

「秋になると数本程度、毎月抜けてしまうのです」と・・・。

 

月に数本ならば普通に生活してても、

抜けたりするのは普通じゃないかなと思いますが、

関羽はこれを非常に気にしていたようです。

 

それぐらい髭へのこだわりが大きかったのでしょう。

 

 

これを聞いた曹操は、

関羽に綿で作られた髭袋をプレゼントします。

 

他にも金銀財宝を与えられてますが、

金銀財宝等にはそんなに喜びもしなかった関羽ですが、

この髭袋には非常に喜び、愛用したようです。

曹操から頂いた髭袋は返さなかったという・・・

 

曹操に降伏した関羽ですが、

劉備の居所が分かると、曹操の元を去ります。

 

関羽の千里行として語られる事も多く、

有名なシーンです。

関羽が千里行の末に、劉備の元に帰参した話って本当なの?

 

この際曹操から与えられたものは、

全て置いていったように言われることが多いですが、

実際この髭袋は返さず、持っていってます。

 

まぁ使用済みの髭袋を置いていっても

曹操は処分するしかないとは思いますが・・・

 

 

正確には、赤兎馬も貰ったまま乗っていってるので、

髭袋だけではないのですけどね。

 

赤兎馬は劉備の元へ駆けつける為に

必要な馬だったというのもあるのかもしれません。

 

とにかく金銀財宝よりも

髭に優しい綿製の髭袋は大事だったのは間違いなさそうです。