薪拾いの少女との出会い

この話は、曹操暗殺計画がばれて、

張飛が劉備とはぐれてしまった時にあたります。

 

張飛が、山で薪拾いをしていた13歳の少女を見つけました。

正確には盗賊に襲われていた少女を助けた感じです。

 

そしてその子が、たまたま夏侯淵の姪であり、

張飛はこの少女とそのまま結婚してしまったそうです。

夏侯氏(張飛の妻)

 

夏侯氏の記述は、

「魏書(夏侯淵伝)」の魏略に載っています。

 

それによると、兗州・豫洲がイナゴによる被害を受けていた頃

夏侯淵が自分の幼い娘を捨てて、死んだ弟の娘を引き取って育てたことになっています。

夏侯淵からすると姪にあたり、育ての親にもなるわけです。

 

 

その後、夏侯氏が薪拾いに出かけていた際に張飛と出会って結婚し、

張苞・張紹の二人の男子・二人の娘(敬哀皇后と張皇后)が産まれました。

 

そして娘は二人とも、蜀皇帝であった劉禅の皇后となります。

 

 

また定軍山の戦いで夏侯淵が黄忠に討たれると、

育ての親であり、夏侯淵からすると姪にあたる夏侯氏は悲しみ、

 

夏侯淵の遺体を引き取って埋葬したいと願い出たそうです。

夏侯覇の投降

魏で司馬懿がクーデターを起こすと、曹爽一族は処刑。

 

そして、曹爽一族・夏侯一族でもあった夏侯玄に代わって、

仲が悪かった郭淮が征西将軍に任命されます。

 

夏侯淵の子である夏侯覇は、

「自分もいずれ司馬一族に殺されてしまうのではないか!?」

と危険が及ぶのを恐れ、蜀へ亡命。

 

蜀へ亡命した理由としては、

夏侯一族である夏侯氏の存在があったのは言うまでもありません。

 

夏侯氏の産んだ二人の娘は、劉禅に嫁いでおり、

劉禅は喜んで夏侯覇を迎えています。

 

夏侯覇は劉禅の元で活躍し、最終的に車騎将軍にまで出世しました。

夏侯氏にまつわる疑問

 

個人的に思うんですけど、

夏侯淵が大事に育てていた弟の娘だとすると、

箱入り娘といってもおかしくないほどに大事にされていたと思うんです。

 

しかし実際は、こんな物騒な世の中で、

13歳の少女が一人で山の中へ薪拾いって無理がありませんか?

 

また「夏侯淵が行方不明になった夏侯氏を探した」という記述すら残ってないのも不自然すぎます。

普通の感覚なら探すからです。

 

 

次に夏侯氏についての記載が、

魏に関する記録をまとめた「魏略」にしか載ってない点です。

 

ちなみに蜀出身で正史を書いた陳寿は、

夏侯氏について全く触れていません。これが最大の疑問です。

 

張飛の妻で、劉禅に娘が二人も嫁いでいるんですから、

陳寿が夏侯氏の記載を全くしてないのも不自然すぎます。

 

 

これらの点を考えると、

張飛が結婚していたのは間違いないと思いますが、

 

ましてや薪拾いをしてた少女が、

たまたま夏侯淵の姪だったなどは、話が出来すぎてます。

 

またこの話が、魏のみで詳しく記載されている点を考えると、

魏の人達が作った話なのかもしれません。