許攸(きょゆう)の霊帝廃止計画

 

許攸は若かりし頃、王芬(おうふん)と手を組んで、

後漢の霊帝を廃そうとしていました。

 

董卓が霊帝の跡を継いだ少帝(劉弁)を廃して、

献帝(劉協)を即位させていますが、

それより以前に許攸と王芬は帝を廃そうとしていたのです。

 

しかしこの計画は未遂に終わり、

失敗してしまいます。

 

許攸は、曹操や袁紹とも面識があり、

霊帝廃止計画が失敗した後、名門出身の袁紹に仕えます。

 

 

ちなみに許攸と王芬は

曹操もこの計画に誘っていますが、

 

曹操は呉楚七国の乱などの例えを持ち出し、

この計画が失敗することが分かっていた為に断っています。

 

ちなみに片割れの王芬は、

計画が失敗に終わると、自害して果てています。

袁紹の元での許攸

袁紹に仕えてからの許攸は、

袁紹軍参謀の田豊・沮授・荀諶(じゅんしん)らと同等の評価をされています。

 

まぁ個人的に言うと、

他の参謀があまりに優れていた為、

 

この評価は怪しい感じがしますが、

正史ではそのように記載されています。

 

しかし袁紹も、霊帝廃止計画を立てたり、

金に目がなかった許攸を信頼できず、袁紹に信用されませんでした。

官渡の戦いでの献策

蒼天航路(16巻90P)より画像引用

 

許攸は、官渡の戦いの時、

「曹操の本拠である許都を襲えば、曹操を倒すことができる」

と袁紹に進言していますが、

 

袁紹が許攸の言葉に従う事はありませんでした。

 

この事がきっかけとなり、

許攸は袁紹の元を離れ、曹操へ裏切る事を決意します。

 

 

袁紹軍に苦しめられ、

残りの食糧も1ヵ月分しかなかった曹操は、

 

許攸が降伏してきた時、裸足のまま飛び出して、

許攸の降伏を喜んでいます。

 

そして許攸は、袁紹軍の食糧が貯めこまれているのが、

鳥巣(うそう)であると言い、そこを襲撃する事を進言しています。

 

この作戦を聞いた荀攸・賈詡も賛成し、

曹操は、精鋭5000人を率いて鳥巣を強襲します。

そして、鳥巣を守っていた淳于瓊の鼻を削いで捕らえます。

 

 

捕らえた淳于瓊に曹操が

「なぜ君は敗北したのか?」と聞くと、

 

淳于瓊は答えます。

「勝敗は天に任せるものである。私に何を問うことがあるか!」

 

この言葉を聞いた曹操は、

淳于瓊を降伏させようとします。

 

しかし許攸が、曹操に対して、

「淳于瓊が鏡で自分の顔を見たら、大きな恨みを抱くでしょう」

と言ったために、淳于瓊は処刑されてしまいます。

実は優秀でエリートだった淳于瓊

 

まぁ分からない事もないんですが、

許攸あんたって人は・・・

調子に乗ってしまった許攸

 

官渡の戦いは、許攸の情報が決め手となり、

曹操軍の勝利で幕を下ろします。

 

旧知の知り合いではあったのをいいことに、

曹操に「私が君の味方をしなければ、君は冀州を手に入れる事ができなかった」

と自慢げに言います。

 

曹操は表面上は、

「それは間違いない」と笑って聞き流します。

 

そして周囲の者に対しても、

同じような事を言って自慢しまくります。

 

 

204年、曹操が鄴(ぎょう)を攻め落とすことに成功します。

※鄴は袁一族の本拠地であった都市

 

そして許攸が鄴の東門を通った際に、

「曹操は私を手に入れたから、この門を出入りできたのだ」

と周りに自慢すると、

 

堪忍袋の緒が切れた曹操によって、

許攸は処刑されてしまいます。

 

いくら旧知の仲だとは言え、

仏の顔も三度までとは行かなかったようですね。