閻行(えんこう)と馬超が一騎打ちになった背景

閻行は韓遂に仕えた人物で、

閻行が韓遂に仕えた当時、馬騰と韓遂が争っていた時でした。

 

しかし二人の争いが激化すると、間をとりもって和議を結ばせたのが曹操でした。

 

 

そしてこの馬騰と韓遂が争っていた際に、

馬騰軍の馬超と韓遂軍の閻行が一騎打ちをすることがありました。

 

まだまだ馬超も若かりしときの話です。

閻行と馬超の一騎打ち

閻行と馬超が一騎打ちをすることになるのですが、

 

イメージ的には馬超が圧倒するのかと思いきや、

普通にというか圧倒的に閻行が馬超を追い込んでいきます。

 

 

実際三国志演義やらの影響も強いせいか、

 

馬超がやばいような武力の持ち主のように書かれている記載が多いですが、

馬超が生涯で一騎打ちしたのが記録として残ってるのはこれだけです。

 

 

二人の一騎打ちが続く中で、

閻行の持っていた矛が馬超に突き刺さりました。

 

馬超討死かという時、馬超にとっては運がよかったとしかいいようがありませんが、

閻行が差した矛が馬超を刺した後に折れてくれます。

 

 

しかしそれでも馬超を殺すことを諦めない閻行は、

折れた矛を手に握って、それで馬超を殺そうと襲い掛かります。

 

馬超はもはやここまでかと思われましたが、なんとか閻行から逃げる事に成功しています。

 

馬超の初めてともいえた一騎打ちは、

ほろ苦い記憶として馬超の中に残ったわけです。

良くも悪くも自分の信念のもとに乱世を生き抜いた馬超

韓遂との間にできた大きな溝

閻行は、韓遂軍の配下として長く戦っていきますが、

韓遂から嫌がらせを受けた事もあって、後に曹操に仕えています。

 

ちなみに韓遂から受けた嫌がらせは、

韓遂の娘と閻行を無理やり結婚させようとしたことでした。

 

閻行が本当に結婚したくなかったにもかかわらず・・・

 

 

それも韓遂が結婚を無理やりさせた目的は、

曹操に閻行の父親を殺させる事だから始末に負えません。

 

その怒りはより強い怒りとなって、

仕掛け人である韓遂に向くことは容易に想像できますしね。

曹操への怒りを生み出そうとするが・・・

何故に父親を殺させようとしたかというと、

そもそも閻行の父親が曹操の支配地である長安に住んでおり、

 

曹操は閻行を味方につけようと頭のどこかで考えていたからです。

 

 

その話を聞いた韓遂が曹操の元に閻行を行かせず、

曹操に閻行の父親を殺させて、曹操を恨ませようと画策したのでした。

 

しかしそれが裏目に出てしまい、

これ以上韓遂にはついていけないと思った閻行は曹操に寝返ってしまったわけです。

 

 

後に韓遂と閻行が衝突しようとした際、

韓遂は部下の裏切りにあって戦い寸前で死んでしまいます。

 

そしてそれ以後の閻行はどうなったかは分かりませんが、

涼州の統治の一角を任されていたんじゃないですかね・・・