蜀漢で諡号が贈られた十二人の人物 基本的に諡号しごうとは生前に功績が高かった者達に対して、死後に与えられる諡おくりなになります。 分かりやすい例を出せば、 曹操が武帝、曹丕が文帝、曹叡が明帝と諡号が与えられ […]
「馬騰」の記事一覧
流浪の末に真の主人に巡り合った龐徳(ほうとく)
馬騰・馬超親子に仕え、 流浪の末に曹操に仕えることを決意した龐徳の生涯について見ていきます。 そして「忠義の士」として・・・ 「涼州(西涼)の雄」馬騰 龐徳(ほうとく) 涼州出身だった龐徳は、後漢軍からあべ […]
「涼州(西涼)の雄」馬騰
三国志演義で蜀の五虎将軍と称された馬超の父親であり、 後漢末期の乱れた時代に、 馬一族の礎を築いた馬騰の生涯について見ていきたいと思います。 馬騰(ばとう) 馬騰は涼州扶風郡の出身で、身長も八尺(約185c […]
最後にして最大の見せ場を作った馬岱
馬岱と言えば、関羽・張飛・趙雲・黄忠・馬超などがいた時代は、 ほとんど空気に近いような立ち位置でしたが、 次々と主だった人物が亡くなっていくにつれ、 蜀にとって欠かせない人物に成長していくようなイメージがあ […]
良くも悪くも自分の信念のもとに乱世を生き抜いた馬超
西涼の雄であった馬騰の長男として産まれた馬超ですが、 馬超は正史と三国志演義では、真逆のような生涯を送っています。 三国志演義の馬超を「明」とすれば、正史の馬超は「暗」といっていいかもしれません。 &nbs […]
閻行(えんこう) -馬超を一騎打ちで殺害寸前まで追い込んだ豪傑-
閻行(えんこう/彦明)-韓遂配下- 閻行は涼州金城郡の出身で、韓遂に仕えた人物になります。 184年に黄巾の乱の勃発により中央が大きく混乱している中になって、 閻行は韓遂の部下として西方を荒らしまわっていま […]
韓遂の手下八部(関中八部)
韓遂が率いた手下八部とは? 韓遂が馬騰・馬鉄・馬休が都に呼び出され、 曹操の罠にかかり殺害されてしまいます。 これに怒りを覚えた馬騰の長男である馬超に、 韓遂が味方し、曹操に刃を向けます。 & […]