貂蝉の民間伝承 三国志の民間伝承は、 本当の話と思えるものから完全に嘘と思えるものまで沢山の話が今に伝わっています。 その中で湖北省に伝わる貂蝉ちょうせんの民間伝承に面白いものがあります。 詳細は後に述べま […]
鄒氏(すうし) -曹操を虜にした未亡人-
鄒氏(すうし/張済の未亡人) 鄒氏はもともと張繍の叔父にあたる張済の妻でしたが、 張済が亡くなった後は未亡人になり、 張繍がいる宛に身を寄せていました。 鄒氏は豊麗で怪しい雰囲気を持っており、 […]
樊氏(はんし) -正史にも記載が残る美貌の持ち主-
樊氏(はんし/未亡人) 赤壁の戦いで、劉備・孫権軍が曹操に勝利すると、 劉備は曹操が支配する荊州南部の四郡を攻め落としにかかるわけですが、 この時に桂陽けいようを治めていたのが趙範という人物でした。 &nb […]
国に殉じた呉最後の丞相、張悌(ちょうてい)
張悌(ちょうてい) 張悌は荊州襄陽郡の出身で、孫晧によって、 呉滅亡の前年にあたる279年に丞相に任命されています。 三国史上最悪の皇帝と言われた孫晧は、具体的に何をしたの? 孫晧が呉最後の皇帝で、 ラスト […]
譙周(しょうしゅう)著書の「仇国論」はどんな内容だったの?
「仇国論」とは? 「仇国論」は蜀に仕えた譙周が書いたもので、 ここに書かれている内容は、過去の事例を用いながら構成されています。 そして譙周は、この「仇国論」を通して、 何度も北伐を行い、国を疲弊させている […]
劉禅に降伏を勧めた陳寿と羅憲の師、譙周(しょうしゅう)
譙周(しょうしゅう) 譙周は、益州巴西郡の出身で、 貧しい家の出身でしたが、学問に励んでいました。 そして譙周は蜀を代表する儒学者へ成長していくことになります。 譙周の元で学んだ者に、陳寿や羅憲がいたりしま […]
閻行(えんこう) -馬超を一騎打ちで殺害寸前まで追い込んだ豪傑-
閻行(えんこう/彦明)-韓遂配下- 閻行は涼州金城郡の出身で、韓遂に仕えた人物になります。 184年に黄巾の乱の勃発により中央が大きく混乱している中になって、 閻行は韓遂の部下として西方を荒らしまわっていま […]
劉備・関羽・張飛の「義兄弟の契り」の逸話三選
一般的な「義兄弟の契り」 劉備・関羽・張飛による、「義兄弟の契り」は有名な話ですが、 「三人が義兄弟の契りを結んだ」 と正史(陳寿「三国志」)の中に明記されているわけではありません。 &nbs […]