常世岐姫神社(八王子神社 -大阪府-) 公孫淵を祀る常世岐姫神社は、 「八王子神社」とも呼ばれる神社になります。 詳細は以前の記事に書いていますので、 そちらを見て頂ければ、常世岐姫神社についてもっと理解を […]
「公孫淵」タグの記事一覧
公孫恭 -公孫康から遼東半島の地盤を引き継いだ三代目-
公孫恭 -遼東公孫氏の三代目- 公孫恭は公孫度の息子であり、兄に公孫康がいます。 公孫度が遼東半島に地盤を築き、兄である公孫康が領土拡大を成し遂げ、 そんな中で地盤を引き継ぐことになったのが公孫恭になります […]
公孫康 -公孫度から遼東半島の地盤を引き継いだ二代目-
公孫康 –公孫度の後継者– 公孫康こうそんこうは父親である公孫度同様に、 幽州遼東郡襄平県の人物であり、公孫晃・公孫淵の二人の父親でもあります。 建安九年(204年)に公孫度が亡くな […]
公孫淵を祀る常世岐姫神社(八王子神社)
公孫淵(燕王/遼東公孫氏) 魏(曹叡)と呉(孫権)を相手に、 二股外交の綱渡りをした人物と言えば、 叔父である公孫恭から遼東太守の座を奪い取った公孫淵があげられますが、 燕王を自称したりとやりたい放題をやっ […]
公孫淵 -魏呉への二股外交の先に、独立国を宣言した燕王-
野望を露にした公孫淵 幽州の西側にある遼東半島を中心に、 長らく地盤を維持するきっかけを作ったのが公孫度こうそんどになりますが、 公孫度がこの世を去ると、息子の公孫康が跡を継ぎ、 公孫康が亡くなると、公孫恭 […]
⑯孫権の皇帝即位&公孫淵の「燕」建国
孫権の皇帝即位 諸葛亮が第二次北伐で失敗した頃になりますが、 229年に孫権が皇帝を名乗ります。 つまり一般的に知られている「呉」の建国です。 この頃、夏口・武昌で黄龍・鳳凰が出現したとの報告 […]
孫権が張昭の家を燃やすまでに発展した大喧嘩!
「江東の二張」と呼ばれた賢人 孫策の時代に「江東の二張」と呼ばれた二人の賢人がいました。 その二人は張紘・張昭といいます。 この二人は孫策からの懇願もあって、 孫策に仕えることになりますが、 […]
孫権は日本や台湾を侵略しようとしていたのか!?
「呉」を建国した孫権 229年に「呉」の皇帝に即位した孫権は、 「大皇帝」という諡名おくりなを貰うほどの大人物でした。 若かりし頃に父親であった孫堅の死、 また若くして亡くなってしまった兄の孫 […]