董遇(季直) 董遇は字を季直といい、司隸(司州)弘農郡の出身で、 質朴で口数は少なく、学問をひたすら好み、後漢末から魏の時代にかけて活躍した人物です。 董遇の家柄などの詳細は不明で、両親が誰だったのかなどは […]
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高翔 -謎多き大将軍-
高翔(高詳・高祥) 高翔は蜀漢に仕えた人物ですが、長く活躍した人物と思われるけれども、 「蜀志」に登場していない人物になります。 ただ裴松之が注釈を加えている「蜀志」諸葛亮伝の「漢晋春秋」と […]
公孫恭 -公孫康から遼東半島の地盤を引き継いだ三代目-
公孫恭 -遼東公孫氏の三代目- 公孫恭は公孫度の息子であり、兄に公孫康がいます。 公孫度が遼東半島に地盤を築き、兄である公孫康が領土拡大を成し遂げ、 そんな中で地盤を引き継ぐことになったのが公孫恭になります […]
諸葛亮(孔明)の十万本の矢の逸話は本当にあったものか?
横山光輝の「三国志」や多くの映画などでも採用されている 諸葛亮の十万本の矢の逸話ですが、 本当に十万本の矢の話はあったのか、 そのあたりを正史と三国志演義を比較しながら見ていきたいと思います。 […]
乱世の狭間を上手に生き抜いていった張繍
県令の仇を討った張繍(ちょうしゅう) 張繍は同郷の武威郡祖厲県の県令であった劉雋りゅうしゅんに抜擢されて仕えますが、 北宮伯玉らに取り込まれた韓遂・辺章が涼州で大規模な反乱を起こすと、 劉雋に […]
游楚 -諸葛亮の第一次北伐敗因の原因を作った隴西太守-
若かりし頃の游楚(游殷&張既) 游楚ゆうそは馮翊郡こひょうよくぐんの出身(旧左馮翊郡)で、 游殷ゆういんの息子として誕生しています。 ちなみに游殷や游楚についての事は、 「魏志」張既伝の裴松之注の「魏略」に […]