曹操による董卓暗殺計画

三国志演義では、次のような話が残ってます。

おそらく知ってる人も多いんじゃないんでしょうか?

 

当時董卓が洛陽に乗り込んできて、

独裁政治が行われていました。

 

これに対し、王允(おういん)をはじめ、

多くの人達が嫌な顔をしてました。

 

若かりし頃の曹操も同じ気持ちで、

曹操は董卓暗殺計画を実行しようとします。

 

ちなみにこの時の曹操は、

驍騎校尉(ぎょうきこうい)という役職についてました。

 

 

曹操は暗殺計画を実行する為に、

董卓の専横に嫌気をさしていた王允から、「七星宝刀」という名剣を頂きます。

 

その翌日に董卓から呼び出されたので

七星宝刀を懐に忍ばせて、董卓のもとにいきます。

 

董卓のもとにいった曹操だが、

董卓に「来るのが遅いぞ!」と言われる始末。

 

曹操は、

「乗っていた馬が痩せていて、

来るのが遅れてしまいました」と受け答えし、

 

それを聞いた董卓は、

呂布に痩せた馬に変わる駿馬を取りに行かせます。

 

董卓はそのまま、

曹操に背を向けて横になりました。

 

曹操は、「董卓を殺すチャンス!」だと思い、

忍ばせておいて七星宝刀を抜こうとします。

 

この時に問題が起こります。

抜こうとした七星宝刀が鏡に映ってしまい、

董卓に気づかれてしまいます。

 

董卓は、

「その剣でなにをするつもりだ」と問い詰めます。

 

曹操は、

「天下の名剣である七星宝刀を董卓様に献上する為、持参しました」

と機転を利かせます。

 

七星宝刀は、実際王允が所持していたことからも分かるように、

天下の名剣と言われている代物でしたので、

 

董卓は、喜んでその七星宝刀を受け取ります。

 

 

ですが後日、

曹操が自分を狙っていたと分かると、

曹操を捕らえるように追っ手をだします。

 

曹操は、董卓の追求から逃れるために、

都である洛陽から生まれ故郷に逃げ帰ります。

 

その後曹操は、反董卓連合に参加します。

これが大方の暗殺計画の流れです。

 

ですが、これはあくまで三国志演義での話。

では正史では、どう書かれているんでしょうね。

正史の中で見る董卓暗殺計画の実情

正史には、次のように書かれています。

 

董卓は曹操の優秀さに気づき、

驍騎校尉(ぎょうきこうい)に推薦しようとします。

 

ですが曹操は、

董卓の専横は長く続くものではなく、

近い将来終わりが来ることを予想します。

 

その為、推薦に応じず、

生まれ故郷に帰ったようです。

 

この事からも分かるように、

曹操が董卓を暗殺しようとした記載は一切見られません。

 

その為、七星宝刀を使っての董卓暗殺計画は、

三国志演義だけのフィクションだという事になりますね。