三国志演義

魏と呉に挟み撃ちにあった関羽は、

敗走に敗走を重ね、昔の古城であった麦城に立て籠もります。

 

少数で立て籠もる麦城は、

呉軍に完全包囲され、援軍もなく、落城寸前でした。

 

関羽をなんとか降伏させられないかと考えた孫権は、

孔明の兄である諸葛瑾を使者に送ります。

 

それに対し、関羽は、

「主君からこれまでよくしてもらった。

例えここで朽ち果てたとしても、

主君を裏切って降伏する事はできない」と答えます。

 

この言葉を持って、諸葛瑾は孫権に伝えます。

 

孫権は答えます。

「関羽は誠の忠臣である」と・・・。

 

その後、関羽を捕らえ、

処刑しています。

正史

関羽が、呉に捕らえられて、

処刑された事実は演義と変わらないけれども、

 

関羽が麦城に立て籠もってから、

処刑されるまでの間に、

 

孫権が諸葛瑾を送って、

降伏を勧めたという話は全く記載されていません。

 

よってこれは演義だけの作り話だといえると思われます。

民間伝承

関羽は現在では、

神様として祀られています。

 

関羽が生きている時でさえ、

関羽を慕っている人が非常に多かったのも事実です。

 

その為、関羽の最期を美化する為に作られた、

民間伝承の1つだといえそうです。

 

最後まで忠義を貫き通した関羽像を残したかったのでしょう。