駆虎呑狼の計
「二虎競食の計」が失敗に終わってしまったことで、
荀彧が次に提案したのが「駆虎呑狼の計」になります。
「駆虎呑狼の計」とは、
穴の中にいる虎の前に豹が現れれば、
虎は穴をから出てきて、豹を必ず追いかけるはずだから、
その隙に狼に虎の穴を狙わせようとした計略になります。
この場合の虎は劉備、豹は袁術、狼は呂布になり、
劉備と袁術が争っている間に、
背後から呂布に徐州を襲わせようとしたわけです。
劉備と袁術をけしかけた曹操の罠
横山光輝三国志(10巻35P)より画像引用
「駆虎呑狼の計」の実行にあたって、
二人がお互いを敵として認識させる必要があり、
まず劉備に対して献帝からの勅令で、
「漢王朝に逆らう袁術を討ち取れ!!」
と使者を通して伝えるわけです。
献帝からの勅令とあれば、劉備も袁術討伐に向かわざるをえないことで、
劉備は袁術討伐へと乗り出したわけです。
また事前に劉備が袁術討伐に乗り出すことを、
こっそりと袁術に伝えたわけです。
「そういえばつい最近のことですが、劉備が袁術殿を攻めたいので、
許可を頂きたいと帝に願い出てきましたよ。
だからお気をつけ下さい。」と・・・
それにより曹操が裏側から仕掛けた計略ではなく、
「単純に劉備が袁術を攻撃してきた」という構図が成り立ったのでした。
まぁ献帝を擁立する曹操だからこそ、
劉備と袁術を手玉に取れた計略でもあったと言えるでしょうね。
「駆虎呑狼の計」の成果
曹操・荀彧の狙い通り、劉備が袁術討伐へと向かうと、
呂布は牙を剥き出して徐州を奪ってしまうのでした。
「駆虎呑狼の計」は成功したかに見えたのですが、
あべこべに呂布と劉備は和解し、
もともと呂布が滞在していた小沛城に劉備は入る事となります。
結局のところ虎が劉備から呂布に、
狼が呂布から劉備へと変わっただけの話なので、
結果だけを見た場合は、成功したとは言えなかったかもしれませんね。