連環の計

三国志では、連環の計は2つ出てきます。

 

1つ目は、貂蝉(ちょうせん)の美貌をもって、

董卓と呂布を仲違いさせ、呂布に董卓を殺させた計略です。

これを美女連環の計とも言います。

 

もう一つは、赤壁の戦いで

船と船を鉄の鎖で繋げ、曹操の水軍を動けなくした計略になります。

美女連環の計

董卓の独裁政治が行われていた頃の話です。

王允の養女である貂蝉の美貌をもって、董卓と呂布を虜にし、

嫉妬した呂布は主君である董卓を殺害しました。

 

貂蝉というのは三国志演義だけに登場する女性ですが、

三国志正史の方でも一人の女性を巡って、董卓と呂布が仲違いし、

呂布が董卓を殺害したとなっています。

 

三国志演義の貂蝉は、

三国志正史をもとに登場させたのだと思われます。

連環の計(赤壁の戦い)

曹操が孫権・劉備連合軍と赤壁で対峙しましたが、

その際に用いられた計略です。

 

この時の曹操軍は、船に慣れていない者が多く、

船酔いするものが跡を絶ちませんでした。

 

そんな折に、龐統(ほうとう)が曹操のもとへ出向き、

「船と鎖を鎖でつなげば、船は安定し、船酔いは起こらない」

と進言したのです。

 

これを聞いた曹操は大喜びし、船同士を鎖でつないでしまいます。

 

最終的に苦肉の策を使って曹操軍へ降伏した黄蓋が、

これらの船に火矢を放ち、繋がった船を焼いてしまいます。

苦肉の策

 

龐統の連環の計は、

火攻めをより効果的にする為の作戦だったのです。

これにより曹操軍は惨敗を喫してしまいます。

 

ちなみに龐統が曹操に進言するのは、

三国志演義だけのお話です。

 

三国志正史では、

龐統が連環の計を進言したとの話は全く出てきません。