荀彧と曹操

 

荀彧が曹操に仕えてから、

曹操は飛躍的に勢力を拡大できています。

 

その要因の一つに、荀彧は、

沢山の力あるもの者達を曹操に推挙しています。

 

彼が推挙した者達は、曹操の元で力を発揮し、

ほとんどが曹操の元で大成・出世の道を歩んでいます。

 

郭嘉・荀攸・鍾繇・陳羣・辛毗・司馬懿・華歆・王朗・杜襲・杜畿等は、

荀彧から推挙された者達の一部です。

 

彼が推挙した中で大成できなかったものは、

地方で任務をこなしていた際に、命を落としてしまった者達ぐらいだったそうです。

 

 

荀彧は人を見る目が確かで、

曹操に必ず必要とされると思われる人を推挙し、

 

また曹操自身も、

荀彧が推挙したというだけで絶対の信頼をおいていたようです。

荀彧が最初に推挙した戯志才

 

荀彧は色々な優れた者達を曹操に推挙していますが、

一番最初に推薦した者が戯志才(ぎしさい)という人物です。

 

彼は早くに亡くなってしまうので、

彼についての残されてる記載がほとんどありません。

 

ですが、荀彧が「策略・策謀に優れた人物」として、

最初に戯志才を推挙しているということからも、

相当な人物だったのが想像つきます。

 

ただ悲しいのは、早世してしまったがため、

彼の能力を発揮される場面がほとんどなく、記録が残っていない点です。

 

もし長生きしたならば、

荀攸などと同様に活躍していた可能性が高いのが想像つきます。

戯志才の後継者

戯志才が早世すると、

曹操は荀彧に手紙を出しています。

 

「惜しむべく戯志才が死んでしまった。

その為、共に策略・策謀を巡らす相手がいなくなった。

 

他に彼に匹敵するような人材はいないか?」という内容でした。

 

 

手紙を受け取った荀彧は、

戯志才の代わりに郭嘉(かくか)を推薦しています。

 

郭嘉も早世してしまいますが、

それでも生きている間、曹操に様々な事を助言しています。

 

その助言があまりに的確過ぎたので、

曹操から「私の真意を理解できるのは奉孝だけだ」と絶大な信頼を寄せられ、

 

赤壁の戦いでは、

「もしも郭嘉が生きていたら、負ける事もなかっただろう」

と曹操は嘆いたと伝わっています。

 

 

郭嘉と同等以上の才能があったと思われる戯志才が、

もし長生きしてれば、曹操が天下統一を成し遂げる未来もあったかもしれませんね。