虎士

曹操は、「虎士」という

精鋭歩兵部隊を所持していました。

 

もともと曹操は自分を守る警護役として、

典韋に任せていました。

 

しかし典韋は、曹操が張繍を攻めた際に、

張繍の軍師であった賈詡(かく)の計略にはまって敗北してしまいます。

 

この時、典韋が

曹操を守ってこの世を去ります。

蒼天航路(10巻79P)より画像引用

 

そして典韋が死去した後、

警護役を引き継いだのが、許褚でした。

 

典韋と許褚が始めて出会った時、

一騎打ちをして引き分けたという話も残っているので、

曹操も迷わず、許褚に引き継がせたのだと思います。

 

そして許褚が引き継いだあたりから「虎士」と呼ばれています。

許褚(仲康)

許褚は、身長八尺(約184cm)で、

腰周りが十囲(約120cm)の巨漢であり、

人並外れた力を持っていました。

 

許褚は虎のように強く、片手で牛の尾を掴んで、

引きずったという話も残っています。

 

そんなことから、「虎痴(こち)」と呼ばれたりします。

また曹操も許褚のことを「我が樊噲」と褒め称えたほどです。

※樊噲・・・漢の劉邦に仕えた豪傑

 

許褚が率いた歩兵精鋭部隊だからこそ

彼が率いた部隊を「虎士」と呼ぶようになったのかもしれません。

虎士出身はエリート

許褚が率いた虎士ですが、虎士に在籍した兵士達は、

その後、その中から数十人も将軍に出世しており、

それだけではなく、百人以上の者が都尉や校尉に出世しています。

 

曹操の元で出世する為の近道が、

まず虎士に入隊することだったのかもしれませんね。

それぐらいの半端ない数の人達が出世しています。

 

またこの虎士と両翼を担ったのが

精鋭騎兵部隊の虎豹騎(こひょうき)になります。

曹操の精鋭騎兵隊・虎豹騎(こひょうき)の力を引き出した曹純

 

「虎士」と「虎豹騎」の精鋭部隊が、

曹操を守り、曹操の勢力を拡大する起爆剤になっていったのです。