「神医」と呼ばれた華佗には、二人の優れた弟子がいました。

一人は呉普ごふで、もう一人は樊阿はんあです。

 

今回はそんな華佗の弟子である呉普・樊阿について見ていこうと思います。

呉普(ごふ)

戦国時代以降、薬物学に関して多くのことが研究され、

薬物学に関することをまとめた、世界最古の「神農本草経」という専門書が書かれました。

 

ただ、それ以外にも以下の代表的な専門書があります。

  • 桐君採薬録
  • 李氏薬録
  • 呉普本草

 

名前から見てもすぐわかりますが、

この中の「呉普本草」は華佗の弟子であった呉普によって作成されたわけです。

 

この「呉普本草」は、合計6巻で構成されており、

441種に関する薬物についてのことが書かれています。

 

また「呉普本草」を著した呉普は、

「神農本草経」の薬物名称・効能・味・産地・別名の内容を「呉普本草」に引用して、

薬物の生態・採集時期方法・炮製加工法・適応症等について詳細に記載しました。

 

そして何より特徴的なのは、

同じ薬草などであっても地域で違う呼び名をきちんと書き留めている点です。

 

これにより現在でも、それがなんの薬草であったのかなど、

明確に判断する事ができたわけですね。

呉普と華佗の逸話(長寿の秘訣)

広陵出身であった呉普は、華佗の弟子になったことは有名ですが、

二人の会話の中で有名な逸話が残っています。

 

ある時、華佗は呉普に対して、

「働くことは大事な事だが、働きすぎちゃ絶対に駄目だよ。

 

無理なく働くことは体を動かすという意味で大事な事だし、

健康を保つ為にも必要な事だけども、

 

働きすぎると体に無理がかかり、病気を招いてしまうからね。

 

 

もし体が少しでも不調に感じる事があれば、

例えば一つの動物の動きを真似するだけで体中から汗が出てくる。

そして運動した後は、体が軽くなったように感じるはずだ。

 

そして運動した後は、自然にお腹が減ってきて何か食べたくなる。」

といって、華佗が呉普に教えた事がありました。

 

それは華佗が編み出した健康法で、

五禽戯ごきんぎ」という5つの動物(鳥含む)の動きを真似した体操でした。

華佗の編み出した健康法「五禽戯(ごきんぎ)」

 

 

五禽戯は華佗自身も行っていた体操であり、呉普も教えられた五禽戯を繰り返し続けます。

 

華佗は天寿を全うすることなく曹操に処刑されてしまいますが、

二人とも100歳を超えて長生きしたと言われており、

 

 

また華佗は100歳を、呉普は90歳を超えても、

 

歯が抜け落ちるようなことはなく、

目も悪くならず、耳も遠くなることはありませんでした。

 

そんな華佗が編み出した五禽戯は、

現在まで伝わっており、それを実践している人も多いそうですよ。

樊阿(はんあ)

彭城出身であった樊阿も華佗に弟子入りした一人で、

鍼灸はりきゅうの名人でした。

 

 

この時代の考えとして、胸と背中の間には大事な臓器が沢山あり、

 

そのあたりに鍼はするものではなく、

鍼をする必要がある場合も四分の深さ(約1.2cm)を絶対に越えてはいけないとされていました。

 

しかし樊阿は、背兪穴という重要な経穴が沢山あるところをするときでも、

一寸〜二寸(約3cm〜6cm)程度指すことが可能であり、

 

巨闕(みぞおちの中心付近)に関しては、五寸〜六寸(約15cm〜18cm)程度指すことができたそうです。

人によっては、ほぼ貫通しちゃうぐらい指してることになりますね。

 

 

つまり樊阿は、臓器の位置を正確に熟知していたからこそ、

このように正確に深くまで鍼を指すことができたということが言えるわけです。

 

樊阿はこの鍼と灸によって、多くの人達を救っています。

樊阿と華佗の逸話(長寿の秘訣)

ある時に樊阿が華佗に対して、

効果的な方剤の作り方を教えてほしいと頼んだことがありました。

 

そんな樊阿に対して華佗は、

「漆葉青黏散」の方剤についての作り方を教えます。

 

作り方は、漆葉を一升(約1ℓ)と青黏せいねんを十四両(約210g)合わせるというものです。

 

 

これを服用し続けると、

腹の中の寄生虫を駆除する事が可能なだけでなく、

 

五臓六腑の働きを活性化させ、体を健康的に保つこともでき、

その結果、白髪にすらならなかったといいます。

 

樊阿は華佗から教えられた「漆葉青黏散」を患者に服用するだけでなく、

樊阿自身も服用し続けた結果、樊阿は100歳を超えるまで長生きしたそうです。