パリピ孔明二話ですが、
丁原アパートという軽いジャブを入れつつスタートしています。
ドラマ内でも孔明が軽く説明していましたが、
丁原の養子であったのが呂布で、呂布は大恩ある丁原を裏切って殺害します。
そして呂布は董卓の元へと降ったという感じですね。
ただ一言だけ言っておくと、丁原が呂布の養父であるのは、
あくまで「三国志演義」での設定になります。
正史には一言も「丁原が呂布の養父だ」という記載はありません。
そんな中で第二話で注目すべき点は、
兵法三十六計の「無中生有」の一点だけでしょうね。
兵法三十六計とは!?
「兵法三十六計」は、かなり有名なものであるのですが、
結構不明な点も多いものになりますね。
これは名前からも分かると思いますが、
大きな視点として36個の計略が書かれてあるものになります。
もともとは五世紀ごろの書物に「南斉書」があるのですが、
その中の王敬則伝の中に「檀公三十六策、走為上計」という文があります。
これを書き下し文で記載しなおすと、
「檀公の三十六策、走るを上計と為す」となるわけですが、
これは「三十六計、逃げるにしかず」という言葉になりますね。
このことから魏晋南北朝時代(南朝時代)の宋王朝に檀道済が、
「兵法三十六計の著者」とも言われたりしています。
まぁ実際は語源からきっかけにはなったのでしょうけれど、
著者ではない可能性が高いと思ってます。
実際は17世紀前後にまとめられたと言われていますね。
「兵法三十六計」の中にある次のものは、
三国志演義でも取り入れられていることから知ってる方も多いでしょう。
「美人計」+「連環計」=美女連環の計
貂蝉による美女連環の計(呂布に董卓を殺害させた計略)。
「連環計」
龐統が曹操を騙して、
船を鎖で繋いだ計略になります(赤壁の戦い)。
「苦肉計」
黄蓋が自分を痛めつけて、
曹操を騙した計略になります(赤壁の戦い)。
「反間計」
反間計は三国志の世界では登場している計略ですが、
「離間の計」と言えば分かりやすいかなと思います。
有名な場面は賈詡が、
馬超と韓遂の間を仲違いさせたものになるでしょうね。
「空城計」
諸葛亮が城門を開け放って伏兵があるものとして、
迫りくる司馬懿を騙した計略になります。
「兵法三十六計」の三十六計
「兵法三十六計」は上でも述べたように、
「美人計」「連環計」など36個の計略・戦略に分けられるわけですが、
まず次の6つに大きく分けられています。
- 勝戦計
- 敵戦計
- 攻戦計
- 混戦計
- 併戦計
- 敗戦計
この6つに分けられるのにはきちんとした意味があり、
次のような場合も用いられる計略・戦略になりますね。
- 勝戦計(戦いの主導権を握っている有利な立場の場合)
- 敵戦計(戦いが優勢に展開できている場合)
- 攻戦計(一進一退の場合)
- 混戦計(苦戦を強いられている場合)
- 併戦計(自軍を有利にする為の計略を練る場合)
- 敗戦計(戦いの主導権が握れない劣勢の場合)
そしてこの6つを更に6つずつに分けたものが、
「兵法三十六計」になります。
-勝戦計-
①瞞天過海「天を瞞きて海を過る」
②囲魏救趙「魏を囲んで趙を救う」
③借刀殺人「刀を借りて人を殺す」
④以逸待労「逸を以て労を待つ」
⑤趁火打劫「火に趁んで劫を打く」
⑥声東撃西「東に声して西を撃つ」
-敵戦計-
⑦無中生有「無中に有を生ず」
⑧暗渡陳倉「暗かに陳倉に渡る」
⑨隔岸観火「岸を隔てて火を観る」
⑩笑裏蔵刀「笑裏に刀を蔵す」
⑪李代桃僵「李が桃に代わりて僵る」
⑫順手牽羊「手に順いて羊を牽く」
-攻戦計-
⑬打草驚蛇「草を打って蛇を驚かす」
⑭借屍還魂「屍を借りて魂を還す」
⑮調虎離山「虎を調って山を離れしむ」
⑯欲擒姑縦「擒える事を欲すれば姑く縦つ」
⑰抛磚引玉「磚を抛げて玉を引く」
⑱擒賊擒王「賊を擒うるには王を擒えよ」
-混戦計-
⑲釜底抽薪「釜底より薪を抜く」
⑳混水摸魚「水を混ぜて魚を摸る」
㉑金蝉脱殻「金蝉、殻を脱す」
㉒関門捉賊「門を関ざして賊を捉う」
㉓遠交近攻「遠く交わり近く攻む」
㉔仮道伐虢「道を仮りて虢を伐つ」
-併戦計-
㉕偸梁換柱「梁を偸み、柱に換う」
㉖指桑罵槐「桑を指して槐を罵る」
㉗仮痴不癲「痴を仮るも癲せず」
㉘上屋抽梯「屋に上げて梯を抽く」
㉙樹上開花「樹上に花を開かす」
㉚反客為主「客を反して主と為す」
-敗戦計-
㉛美人計「美人の計」
㉜空城計「空城の計」
㉝反間計「反間の計」
㉞苦肉計「苦肉の計」
㉟連環計「連環の計」
㊱走為上「走るを上と為す」
無中生有「無中に有を生ず」
「無中生有」は、
三十六計の中でも「敵戦計」の中に属しており、
三十六計の七番目である第七計にあたるものになります。
これは「実際に無いものを有るように見せかけて相手を錯覚させ、
相手がこちらの偽装に気付いた所で、その油断につけこんで一気に打ち負かす」
といったような計略になります。
三国志の逸話でいうと、
若かりし頃の太史慈の逸話がこれにあたるでしょう。
時代は192年に青州黄巾賊が反乱を起こしたタイミングで、
管亥討伐に孔融が乗り出した時の話です。
しかし管亥は強く、逆に孔融が追い詰めらる事となります。
孔融は放蕩息子であった太史慈の母親の面倒を見ており、
太史慈は恩を返すべく孔融を助けに来ます。
しかし太史慈は現状を打開する為には劉備の援軍が必要だと考え、
ここで一計を案じます。
ここで使われたのが「無中生有の計」になりますね。
まず太史慈は城の外で弓の練習を始め敵兵の注目を集めたといいます。
そして弓の練習が終わるとさっと城内へと引き返します。
そんな太史慈に対して黄巾賊の者達は注目するも、
何日も同じ行動をする太史慈に対して、誰も注意しなくなったのでした。
そして相手が完全に油断していた隙をついて、
敵の包囲を突破して、劉備の元へ援軍を要請する事に成功したわけです。
そして援軍を率いてやってきた劉備に、
管亥ら黄巾賊は散り散りになったとのでした。
「無中生有」の綺麗な流れですよね。
- 太史慈の「弓の練習」という偽装工作。
- 弓の練習という「太史慈の偽装工作」を目にした黄巾賊。
- 連日の弓の練習で「それが意味もないもの」だと黄巾賊に錯覚させる。
- 敵が錯覚して油断している所で、太史慈は一気に敵の包囲を突破した。
他には董卓が運よく劉弁(少帝)と劉協(後の献帝)を取り返し、
洛陽入城を果たした時の逸話もそうでしょうね。
この時の董卓は三千人程度しか兵士がいなかったといいます。
そこで董卓は奇策を用いるのですが、
夜のうちに自兵の一部を城の外へと脱出させ、
翌日に今しがた新手の董卓軍が到着したかのように見せかけたといいます。
これを何度も何度も繰り返し、事情を知らない周りの者達は、
董卓軍が二十万人以上いると錯覚したという逸話ですね。
そうは言っても実質の兵士は変わらず三千人のままだったことには変わりなく、
その後に何進・何苗・丁原の兵士を吸収したことで、
兵力も膨れ上がった結果として、政権掌握に繋がっていったのは余談です。
董卓の場合をまとめると次のような流れですね。
- 董卓軍が三千人程度しかいなかった
- 深夜に兵の一部を城外に出し、翌日に今来たかのように見せかけた。
- 董卓は裏工作を何度も繰り返した。
- 事情を知らない者達は董卓軍が二十万人以上いると噂し始めた。
ちなみにパリピ孔明では、こんな感じです。
- 「機材トラブル」という嘘の情報をJET・JACKETのボーカルに自然と知らせる。
- 不人気ブース+無名に近い月見英子+機材トラブルの現状を把握したJET・JACKETのボーカル。
- 喉が弱かったJET・JACKETのボーカルは、喉に負担がかかる人気曲である「MID DAY」は、翌日の大事なライブまで温存した。
- タイミングを見計らってライトを利用しての陽炎を発生させ、盛り上がるヒット曲のカバーを爆音で鳴らして注意を引き付ける。
- JET・JACKEの熱烈なファン以外は月見英子のブースへと流れる。
孔明の見事な計略のもと、
見事に月見英子のライブは大成功を収めたのでした。
余談(敵に塩を送る)
ちなみに後日談ではありますが、
これに不満を覚えたJET・JACKETの三人のメンバーが孔明の元へと訪れたのですが、
この時に諸葛亮は敵に塩を送っています。
「敵に塩を送る」で有名な逸話があるのは、
「羊陸の交わり」でも知られる陸抗と羊祜の逸話です。
また日本で言えば武田信玄と上杉謙信でしょう。
孔明は喉が弱いJET・JACKETのボーカルの為に、
事前に喉が強くなる飲み薬を準備しており、
その飲み薬を飲んだJET・JACKETのボーカルは、
素敵な声が出せるようになり、孔明に感謝したという流れになっていましたね。