「三曹七子」とは、
曹操・曹植・曹丕と建安七子を合わせて呼ばれた総称になりますが、
ここでは戦役で遠く離れた夫を想う妻の切ない気持ちが詠まれている、
曹丕の「燕歌行」を紹介したいと思います。
ちなみにこの「燕歌行」は文選にも収録されているものになります。
〈三曹〉曹操・曹丕・曹植
〈建安七子〉孔融・陳琳・徐幹・王粲・応瑒・劉楨・阮瑀
燕歌行(其一)原文 -曹丕/文帝-
秋風蕭瑟天氣涼(秋風蕭瑟として天気涼しく)
草木搖落露爲霜(草木揺落して露霜と為る)
群燕辭歸雁南翔(群燕辞し帰り雁南へ翔び)
念君客遊思断腸(君が客遊を念えば思い腸を断つ)
慊慊思歸戀故郷(慊慊として帰らんと思い故郷を恋わん)
君何淹留寄他方(君何ぞ淹留して他方に寄るや)
賎妾煢煢守空房(賎妾煢煢として空房を守り)
憂來思君不敢忘(憂い来って君を思い敢て忘れず)
不覺涙下霑衣裝(覚えず涙下って衣装を霑すを)
援琴鳴絃發清商(琴を援き絃を鳴らして清商を発し)
短歌微吟不能長(短歌微吟すれども長くすること能わず)
明月皎皎照我牀(明月皎皎として我が牀を照らし)
星漢西流夜未央(星漢西に流れて夜未だ央らず)
牽牛織女遥相望(牽牛織女遥かに相望む)
爾獨何辜限河梁(爾独り何ぞ辜ありてか河梁に限らる)
燕歌行(其一) -翻訳-
秋風蕭瑟天氣涼(秋風蕭瑟として天気涼しく)
秋風がわびしげに吹き、涼しい秋の気配が漂ってきております。
草木搖落露爲霜(草木揺落して露霜と為る)
草木は揺れつつ紅葉して落ち、夜露はやがて霜へ変わっていきます。
群燕辭歸雁南翔(群燕辞し帰り雁南へ翔び)
燕は群れをなして南へと去り、一方で雁は北から飛んできます。
念君客遊思断腸(君が客遊を念えば思い腸を断つ)
離れた貴方を想うほどに、私は腸が引き裂かれそうに辛いのです。
慊慊思歸戀故郷(慊慊として帰らんと思い故郷を恋わん)
故郷に帰れない事を残念に思いながら、故郷を懐かしく思っておられるのでしょうか。
君何淹留寄他方(君何ぞ淹留して他方に寄るや)
貴方はいつまで他の地に留まっていらっしゃるのでしょうか。
賎妾煢煢守空房(賎妾煢煢として空房を守り)
私は一人寂しく、家を守っております。
憂來思君不敢忘(憂い来って君を思い敢て忘れず)
しかし貴方のことを忘れた事はなく、
不覺涙下霑衣裝(覚えず涙下って衣装を霑すを)
知らず知らずのうちに涙が流れ、衣装を濡らしております。
援琴鳴絃發清商(琴を援き絃を鳴らして清商を発し)
琴を引き寄せて弦を鳴らし、澄んだ音を奏でてみましたが、
短歌微吟不能長(短歌微吟すれども長くすること能わず)
私の歌は短く途切れてしまい、いつまでも歌い続ける事ができません。
明月皎皎照我牀(明月皎皎として我が牀を照らし)
明るい月の光がこうこうと私の寝床を照らしており、
星漢西流夜未央(星漢西に流れて夜未だ央らず)
天の川も西に傾いてしまいましたが、夜はまだ明けておりません。
牽牛織女遥相望(牽牛織女遥かに相望む)
牽牛と織女は、天の川を隔てて向かい合っておりますが、
どんな罪があって二人は引き離されてしまったのでしょうか。
(貴方と私は、何の罪もないのに何故に引き離されているのでしょうか。)
燕歌行(其二)-原文-
別日何易會日難(別日何んぞ易く會日難き)
山川遙遠路漫漫(山川遙遠路漫漫)
鬱陶思君未敢言(鬱陶君を思うて未だ敢えて言わず)
寄聲浮雲往不還(聲を浮雲に寄すれば往けども還らず)
涕零雨面毀容顏(涕零ちて面に雨ふり容顏を毀つ)
誰能懷憂獨不嘆(誰か能く憂を懷いて獨り嘆ぜざらん)
展詩清歌聊自寬(詩を展べて清歌し聊か自ら寬うし)
樂往哀來摧肺肝(楽しみ往き哀しみ來りて肺肝を摧く)
耿耿伏枕不能眠(耿耿として枕に伏すも眠に能わず)
披衣出戶步東西(衣を披き戶を出で東西に步す)
仰看星月觀雲間(仰いで星月を看て雲間を觀る)
飛鶬晨鳴聲可憐(飛鶬晨に鳴いて聲憐れむ可し)
留連顧懷不能存(留連顧懷存する能わず)
燕歌行(其二) -翻訳-
別日何易會日難(別日何んぞ易く會日難き)
別れというのはこんなにも容易いのに、なんと再会の難しい事でしょう。
山川遙遠路漫漫(山 川 遙遠 路 漫漫)
山や川は悠遠にして、道は長くて果てしないものです。
鬱陶思君未敢言(鬱陶君を思うて未だ敢えて言わず)
貴方の事を想うと心がふさいで晴れませんが、それを言葉に出して言えません。
寄聲浮雲往不還(聲を浮雲に寄すれば往けども還らず)
また声を寄せるものの、浮雲は流れてしまって還ってきません。
涕零雨面毀容顏(涕零ちて面に雨ふり容顏を毀つ)
涙が雨のように流れ落ち、化粧も崩れてしまいます。
誰能懷憂獨不嘆(誰か能く憂を懷いて獨り嘆ぜざらん)
誰しもが悲しみを抱き、孤独を嘆かずにおれないものです。
展詩清歌聊自寬(詩を展べて清歌し聊か自ら寬うし)
詩詞を広げて歌い、歌う事で気を紛らわせようとしているのです。
樂往哀來摧肺肝(楽しみ往き哀しみ來りて肺肝を摧く)
楽しい日々は往き過ぎ、哀しい日々が体を蝕んでしまいます。
耿耿伏枕不能眠(耿耿として枕に伏すも眠に能わず)
明るい光に心が乱されてしまい、眠る事すらできません。
披衣出戶步東西(衣を披き戶を出で東西に步す)
だから衣を羽織って、東へ西へと歩くのです。
仰看星月觀雲間(仰いで星月を看て雲間を觀る)
また空を仰いで星や月をいただく雲間を眺めております。
飛鶬晨鳴聲可憐(飛鶬晨に鳴いて聲憐れむ可し)
飛び立つマナヅル(ツル科)の鳴き声を聞くと、憐れな気持ちになってしまいます。
留連顧懷不能存(留連顧懷存する能わず)
このやるせない思いが延々と続いている身としては、生きていく意味がないとすら思ってしまいます。