天発神讖碑(てんぱつしんしんひ) 天発神讖碑は、三国時代末期の天璽元年(天冊二年/276年)に、 孫晧によって建てられた石碑になります。 正確には既に蜀漢が滅亡し、魏も晋にとってかわられている状況ですので、 […]
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孫晧 -暴虐の限りを尽くした呉のラストエンペラー
孫晧 –呉のラストエンペラー 孫晧は呉の四代目皇帝になった人物であり、 呉のラストエンペラーでもあります。 賈充の娘である賈南風であったり、 孫権と歩錬士の娘であった孫魯班もだいぶ […]
諸葛瑾 -孫権から絶大な信頼を得た諸葛亮の兄上-
諸葛瑾の出生について 劉備に仕えた諸葛亮の兄にあたるのが諸葛瑾ですが、 父親は一般的に諸葛珪だと言われています。 ただ諸葛瑾と諸葛亮の父親や母親が違う説(異父説や異母説)も普通にあるのも事実で […]
孫休 -雉好き×雉狩り皇帝の異名の持ち主-
呉の第三代皇帝である孫休といえば、 学問を非常に好んだ人物ですが、他にも好んでいた趣味がありました。 それは雉きじ狩りだったんですが、 孫休の雉狩りについての逸話が世説新語に乗っていたりします […]
霊帝(劉宏) -後漢再建を目指した十二代皇帝!?-
三国時代の皇帝といえば、 後に曹丕・劉備・孫権が魏・呉・蜀を立ち上げて皇帝を名乗りますが、 曹丕が滅ぼした漢王朝の皇帝で三国時代と関係が深い皇帝と言えば、 霊帝・少帝・献帝の三人があげられるでしょう。 &n […]
自分の人生を振り返った曹操の「述志令」 ~絶対皇帝にはならない~
建安15年(210年)に、 袁家を滅ぼして華北を統一した曹操に対して、 献帝は武平・陽夏・苦こ・柘しゃ県の四県を曹操に与えようとしたのですが、 曹操は武平県のみを頂いて、残りの三県をお返ししています。 &n […]
後漢の官僚制度(三公九卿)
後漢の官僚制度 三公九卿 「三公九卿(さんこうきゅうけい)」は、 後漢の中央政府の高級官僚のことです。 「三公」とは、司空・司徒・大尉のことであり、 それぞれに国の土木・内政・軍事を担っていました。 &nb […]