司馬徽(徳操)-水鏡先生- 司馬徽は豫州潁川郡陽翟県の出身で、 字あざなを「徳操」といい、人物鑑定を得意とした人物ですが、 多くの謎を秘めた人物でもあります。 そんな司馬徽ですが […]
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吾彦の中華全土を股に掛けた転勤人生&転勤地図
吾彦が活躍するのは呉末期の時代ですが、 孫晧が晋に降伏するまで城を守り通した事でも知られる人物です。 また呉の滅亡後は晋でも活躍を続け、多くの優れた逸話が残っていたりします。 そんな吾彦ですが […]
杜夔(とき) -正史「方技伝」に名が残る偉大な音楽家-
「魏志」方技伝(正史)に記載されている人物として、 華佗(医術)や管輅(占い)が圧倒的に有名ではありますが、 占いの分野で「方技伝」に名が残る人物は、 他にも杜夔・朱建平・周宣の個人伝が立てられています。 […]
袁一族として最後の意地を見せつけた高幹
袁紹亡き後、袁譚と袁尚が後継者争いを起こしたことで、 名門袁家は没落の一途を辿っていきます。 そんな中で「袁家最後」の意地を見せつけたのが高幹だといっていいでしょうね。 高幹 -袁紹の甥- 高幹は袁紹に仕え […]
張仲景(張機) -「傷寒雑病論」を著し、医術の道を貫いた医聖-
「三国時代の名医」といえば、華佗を思い浮かべる人が多いと思いますが、 華佗と同じく高い評価を受けた張機ちょうきという医者がいました。 日本では張機という名前より、張仲景ちょうちゅうけいという名 […]
友人である馬謖を庇って罪に問われた学問の師、向朗
向朗(しょうろう) 向朗はもともと荊州出身で、 学問が好きで、司馬徽の元で学んでいます。 その為、司馬徽の元で同じく学んだ徐庶や龐統とも仲が良かったそうです。 また荊州出身の馬良や馬謖とも良い関係を築いてい […]
蒋琬が計画した幻の北伐計画
蒋琬(しょうえん) 諸葛亮(孔明)が魏を討つべく北伐をしていた際は、 劉禅を支え、留守を任されていました。 孔明が五丈原でこの世を去る直前、 孔明から費禕と共に後事を託されています。 また孔明 […]
曹操を最前線で支え続けた曹仁(曹仁なくして曹操なし)
曹操と共に歩む道を選んだ曹仁 曹仁そうじんは建寧元年(168年)に、 曹操の祖父にあたる曹褒(曹騰の兄)の孫として誕生しています。 ここでは深くは触れませんが、宦官である事で知られる曹騰ですが、 四人兄弟の […]
尹黙 -「春秋左氏伝」を極めた劉禅の家庭教師-
尹黙 -荊州への遊学- 尹黙いんもくの字あざなは「思潜」といい、益州梓潼郡涪県の出身になります。 若い頃から勉学に励んでいた尹黙でしたが、 自らを更に高めるべく、文学が盛んな荊州へと遊学しています。 &nb […]