泣いて馬謖を切る

横山光輝三国志より画像引用

 

これは、

孔明の愛弟子であった馬謖が

 

命令違反をして、

魏に大敗してしまいます。

 

心情としては、

可愛がっていた人物なので、

許してあげたいけれども、

 

馬謖の犯した罪は重く、

軍律の公正化の為に泣きながら切ったというものです。

 

現在でも誰であろうと、

失敗やミスを犯した時には、

厳正に対応する時にこの故事が使われたりします。

馬謖が切られた経緯

第一次北伐

孔明は、漢を復興させるために、

魏を打つことを決意します。

 

そして魏に勝負を挑み(第一次北伐)、

連戦連勝で魏との戦争を優位に進めていきます。

 

そして街亭という要所の守りを誰にするか悩んでいると、

馬謖(ばしょく)が立候補します。

 

孔明は、馬謖に対し、

この要所を守る事がどんなに大事かを説き、

 

街亭に陣を構える時は、

山の麓を抑え、魏が進めないように指示します。

馬謖、山の上に陣を築く

目的地についた馬謖は、

 

何を思ったか、

孔明から支持を受けていた山の麓を抑えず、

山頂に陣を構えます。

 

馬謖の副将になっていた王平(おうへい)は、

馬謖のこの行動を諫めます。

 

ですが、馬謖は、

「お前の考えは子供みたいだ。」

と嘲笑します。

魏軍に山頂を包囲される

山の麓を抑えない陣形を見た魏軍は、

 

「この戦争勝ったでしょ!

山頂に陣を築いたやつ、馬鹿じゃない!?」

と勝利を確信します。

 

結果、川の水を抑えられ、

山上の馬謖の陣では、水不足に陥ります。

 

そして山上を完全に包囲され、

馬謖軍は身動きが取れなくなります。

 

そしてろくに食べ物も食えず、

馬謖軍の士気はかなり下がってしまい、

降伏する兵士達が後を絶ちませんでした。

 

馬謖は、

このままでは駄目だと思い、

 

包囲している魏軍に対して突撃し、

なんとか包囲を突破しますが、

 

要所である街亭を、

魏軍に取られてしまった蜀軍は、

一気に壊滅状態に陥ります。

 

戦犯馬謖

横山光輝三国志より画像引用

 

連戦連勝だった蜀軍が、

馬謖の命令違反一つで壊滅してしまった。

 

この罪は許されるものではなく、

馬謖を泣きながら切ります。

 

馬謖が切られた事を知った兵士達は、

軍律を守る事の大事さを再確認し、

 

戦に負けたにも関わらず、

士気が下がらなかったと言われています。

正史からみる「泣いて馬謖を切る」

演義では、長く記載されていますが、

 

正史では「馬謖は牢獄に送られ、死んだ。

孔明は馬謖を思って泣いた」と簡潔に述べられています。

 

 

また正史に注釈を加えた裴松之は

「人材が不足している蜀で、優れた人物を死に追い込み、

そもそも二流の人材を登用している愚を犯している。

 

そして軍令などのルールを、人材よりも大事にしている。

これでは大業を果たせるわけがない」

 

とかなり厳しめに孔明を批判しています。

まとめ

演義にしろ、正史にしろ、裴松之の注釈にしろ、

それぞれ書き方があります。

 

裴松之の言い分も分かるけれども、

愛弟子であった馬謖だからこそ、

やはり厳しくする必要があったのも事実だと思いますね。

 

愛弟子だからと、

大目に見るという事をしていれば、

 

人材・戦力が魏・呉より不足している蜀が、

漢復興など目指せるはずがないでしょう。

 

誰もが規律を守り、

皆で一つの目標を目指すという姿勢が

この時の蜀には必要不可欠だったのだと思います。