三国志演義

「死せる孔明 生ける仲達を走らす」という故事があるように、

有名な言葉の一つです。

 

これは五丈原の戦いで、

諸葛亮(孔明)が病死した後に生まれた言葉です。

※ここから諸葛亮ではなく、孔明と記載します。

 

蜀軍は急ぎ撤退を始めますが、

諸葛亮が死んだ事を司馬懿(仲達)が知ると、急ぎ追撃をします。

しかし司馬懿は、死んだはずの孔明を目撃します。

 

それを見た司馬懿は、孔明の罠にかかったと勘違いし、

追撃を止めて、急いで逃げ去っていきます。

 

実際孔明は既に死んでおり、

司馬懿が見た孔明は、孔明に似せた木像だったという話です。

三国志正史

五丈原の戦いの最中に、孔明は病死してしまいますが、

孔明が死ぬ直前、魏軍の追撃を防ぐ為に作戦(遺言)を残していました。

 

まずは孔明の遺言通り、

敵に気づかれないように孔明が死んだ事を隠したまま撤退を開始します。

 

そして司馬懿が追ってくると、

諸々の武将が戦うそぶりをみせたりと孔明の遺言通りに動きます。

 

その蜀軍の動きを見た司馬懿は、

「これも孔明の策略じゃないのか!?」と疑い、

それ以上の追撃を踏みとどまったと記載が残っています。

 

追撃が止んだ蜀軍は、そのまま引きあげています。

結論

三国志演義では、

あくまで諸葛亮に光を当てたかったがために、

こういう話を作り出したのだと思います。

 

最後まで孔明に翻弄された司馬懿を作り上げたかったのでしょう。

 

ですが実際は、きちんとした孔明の残した作戦を元に引き上げていますし、

司馬懿は注意を払い、深追いしなかったにすぎません。