沮授(そじゅ)

沮授は、若い時から大きな大志を抱いており、

冀州牧であった韓馥に仕えます。

 

その後、袁紹に圧力をかけられ、

韓馥は冀州を袁紹に譲ってしまいます。

 

その時、田豊(でんぽう)・審配(しんぱい)と同じく、

そのまま袁紹に仕える事になります。

沮授の献策

沮授は袁紹に冀州を地盤にし、

冀州・幽州・并州・青州の4州を支配して、

長安にいる献帝を迎え入れるように進言します。

 

次に董卓によって廃墟と化していた洛陽を復興させれば、

自ずと各地の諸侯は袁紹になびいてくるでしょうと言います。

 

袁紹は沮授の進言を称賛し、

それを実現すべく行動に移します。

 

河北で争っていた公孫瓚を滅ぼし、

沮授の進言通りに河北4州を平定します。

 

 

後は献帝を迎えいれるだけですが、

献帝は既に曹操に迎え入れられていたのもあり、

淳于瓊(じゅんうけい)・郭図(かくと)の反対に合い、

迎える案は却下されてしまいます。

 

 

曹操との激突が避けられなくなってくると、

沮授や田豊は持久戦を、審配・郭図は短期戦を主張します。

 

沮授・田豊が長期戦を主張したのには理由があり、

公孫瓚と長らく争い、滅ぼすことに成功したものの、

 

袁紹軍も公孫瓚との戦いで疲弊しており、

短期で勝負を決めようとするのは危険だという理由からでした。

 

 

しかし、曹操と比べても、

圧倒的に兵力が多かった袁紹は、

 

持久戦を提案した沮授・田豊の考えは却下し、

短期戦で勝負を挑もうとします。

袁紹VS曹操

蒼天航路(14巻144P・145P)より画像引用

 

とうとう袁紹と曹操の直接対決の時が訪れ、

袁紹軍の顔良(がんりょう)が曹操に攻撃をしかけます(白馬の戦い)。

顔良は袁紹軍が誇る豪傑でした。

 

しかし沮授は、「顔良は武勇に優れていますが、

全体を見通す力がないので、兵を率いる器ではありません」

と言いますが、袁紹に却下されます。

 

そして戦いの結果、曹操軍の罠にはまり、

最終的に曹操軍に降っていた関羽に討ち取られてしまいます。

 

これに怒りを覚えた袁紹は、

黄河を渡って、文醜(ぶんしゅう)に攻撃させますが、

文醜もまた曹操軍の罠にはまり、討ち取られてしまいます。

官渡の戦い

蒼天航路(16巻34P・35P)より画像引用

 

顔良・文醜を討ち取られた袁紹ですが、

そのまま曹操軍が陣を敷いていた官渡へ兵を進めます。

 

この時、袁紹は沮授に軍の指揮を取らせようとしますが、

長期戦こそが勝利の道と考えていたため、病と称して断ります。

 

これに腹を立てた袁紹は、

沮授の軍権を取り上げ、郭図に沮授の軍権を渡してしまいます。

 

官渡でまみえることになった両陣営ですが、

兵力的に勝っていた袁紹軍でしたが、一進一退の攻防で戦局が好転しません。

 

ここでも沮授は袁紹に、

「食糧が先に尽きるのは曹操軍なので、

長期戦に持っていくべきだ」

という伝えますがが、袁紹は聞く耳持ちません。

 

それでも圧倒的兵力を誇る袁紹軍に、

曹操軍は次第に押されていきます。

さすがの曹操も一旦引き上げようか弱気になったと伝わっています。

 

しかしそんな時に、袁紹軍の許攸が、曹操に寝返り、

鳥巣に袁紹軍の食糧が貯めこまれている事を伝えます。

 

鳥巣の守備を任されていたのは、

淳于瓊(じゅんうけい)・眭元進・韓莒子・呂威璜・趙叡でした。

 

曹操は精鋭を率いて、鳥巣を強襲して、

淳于瓊らを討ち取り、食糧を焼いてしまいます。

 

これによって袁紹軍は撤退せざるをえなくなり、

官渡の戦いは、曹操軍の勝利に終わります。

その後の沮授

 

官渡の戦いに勝利した曹操は、沮授を捕らえます。

 

曹操と沮授は顔馴染みであった為、

沮授と話し、曹操に仕えるように説得します。

しかし沮授は頑なにこれを拒否します。

 

そして沮授が脱走しようとした為、仕方なく処刑します。

これによって沮授はこの世を去ります。

沮授と曹操のこの時の会話

「お互いに別々の人生を歩み、音信不通になってしまったが、

今日という日に、貴方を捕虜にできるとは思わなかった。

 

袁紹が負けたのは貴方の考えを採用しなかったからに他ならない。

まだまだ世の中は乱れているので、一緒に天下を統一しよう」

と曹操は沮授を誘います。

 

沮授は答えます。

「私の一族は、袁家にお世話になっているので、

その恩を裏切るわけにはいかない。なので早く死なせてほしい」

 

これを聞いた曹操は、

「もっと早く貴方を味方にできていれば、

天下統一も簡単に成し遂げられただろう。それが叶わないのが悔しい。」

と返します。

 

智謀の士を愛する曹操にとっては、

沮授がどうしても欲しかったのが伝わってくるやりとりです。

沮授と田豊

田豊も沮授も忠義を尽くして、

袁紹の為に最善の作戦・計略を授けていますが、

そんな二人の考えをスルーし続けた袁紹。

 

もしも彼らの言葉に少しでも耳を貸していたならば、

おそらく曹操が袁紹を倒した未来はなかったかもしれません。

むしろなかったといっても過言ではないです。

 

実際田豊の助言に従って公孫瓚を滅ぼせてますし、

沮授の助言に従って、河北4州制圧にも成功しています。

才能を活かせず生涯を閉じた田豊

 

田豊と沮授という智謀の士を得ながら、

それを活かせなかった袁紹、そしてその前の主君であった韓馥、

この二人には、滅んでいく未来以外はなかった気がします。