朱然(施然) 朱然は孫策を支えた朱治の甥にあたる人物で、 もともとの姓は「朱」ではなく、「施」でした。 それは朱治の姉が嫁いだ先が「施氏」であり、 その間に生まれた子が朱然で、もともとは施然という姓名だった […]
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諸葛亮(孔明)の十万本の矢の逸話は本当にあったものか?
横山光輝の「三国志」や多くの映画などでも採用されている 諸葛亮の十万本の矢の逸話ですが、 本当に十万本の矢の話はあったのか、 そのあたりを正史と三国志演義を比較しながら見ていきたいと思います。 […]
「天下二分の計」の水軍担当予定だった孫静の次男、孫瑜
孫瑜(そんゆ)とその一族 孫瑜は孫静の次男として誕生します。 孫静は孫堅の弟にあたる人物になりますので、 孫瑜から見た孫策・孫権とは、従兄弟の関係という間柄ですかね。 そんな孫瑜の兄には孫暠そ […]
徐盛 -呉や孫権を思って泣いた歴戦の猛者-
孫策に仕えた徐盛 徐盛は徐州琅邪郡の出身ですが、 黄巾の乱をきっかけに徐州が荒れると、揚州呉郡へと避難! 少しして孫策が江東進出してくると、 それをきっかけに孫策に仕えることとなります。 &n […]
孫権からの信頼も厚かった濡須口の守護神、朱桓
朱桓(しゅかん) 個人的に好きな武将に朱桓がいるんですが、 この朱桓、知名度的にはやっぱり陸遜とかそういう人物と比べると落ちちゃうんですが、 今回はそんな朱桓について見ていきたいと思います。 […]
曹操を最前線で支え続けた曹仁(曹仁なくして曹操なし)
曹操と共に歩む道を選んだ曹仁 曹仁そうじんは建寧元年(168年)に、 曹操の祖父にあたる曹褒(曹騰の兄)の孫として誕生しています。 ここでは深くは触れませんが、宦官である事で知られる曹騰ですが、 四人兄弟の […]
黄祖討伐の立役者「董襲」
董襲(とうしゅう) 董襲は、会稽郡出身で、 身長は八尺(約184センチ)あり、武勇に優れた人物でした。 孫策が江東へ進出し、会稽郡を支配下に置くと、 董襲は孫策に仕え、孫策に従って各地を転戦していきます。 […]
三国志演義で平凡に描かれた豪傑「臧覇」
「三国志演義」での臧覇(ぞうは) 臧覇というと、「三国志演義」の影響を受け、 次のようなイメージを持っている人も多いと思います。 三国志演義に登場する臧覇は、 呂布の臣下である「八健将」の一人として登場しま […]
⑬蜀呉激突・魏呉激突
蜀呉激突へのカウントダウン 長年のライバルであった曹操がこの世を去り、 曹丕が跡を継いで皇帝となり「魏」を建国したことで漢王朝は滅亡してしまいます。 そしてその少し前に、 劉備にとって関羽が呂蒙・陸遜らによ […]