鍾繇(しょうよう)

鍾繇は幼き頃、族父と出かけた際に、

人相を見れる人物に出会い、

鍾繇に「出世の相と水難の相が出ている」と言われたことがあります。

 

鍾繇はその後、溺れて死にそうな目にあい、

人相見の言っていた事が当たっていると判断した族父は、

鍾繇に対して様々な援助(金銭面等)しています。

 

そのかいあってか、鍾繇は博学になり、

立派な若者に成長していきます。

曹操から関中の守りを任される

 

関中では馬騰・韓遂らの反乱が相次いでいた地域で、

董卓亡き後の長安も乱れていました。

 

そこで曹操は鍾繇を信頼して

長安へ派遣しています。

 

鍾繇は期待に応え、馬騰・韓遂らを封じ込め、

時には説得して曹操に従わせています。

 

 

そんな折、曹操と袁紹が官渡で激突します。

そして鍾繇は、2000頭の馬を集め、官渡の曹操の元へ送ります。

 

馬を受け取った曹操は、

「鍾繇は漢の高祖を支えた蕭何に匹敵する」と言ったそうです。

蕭何とは?

漢を建てた劉邦に挙兵時から仕えた人物で、

劉邦を裏側から支えた名宰相です。

 

「彼が後方から食料や武器などの物資を的確に送ってくれたからこそ、

項羽に勝てた」と言って、劉邦は蕭何に感謝しています。

 

また劉邦が皇帝につきものの猜疑心に取りつかれた時も、

うまくかわして、天寿を全うしています。

 

 

おそらく後方から的確に馬2000頭を送り、

裏方から支えてくれた行動が蕭何のやった事と被っていた為、

蕭何に匹敵するという言葉を与えたのだと思いますね。