青州黄巾賊の反乱

蒼天航路(7巻124P)より画像引用

 

青州黄巾賊と書いてますが、

単純に張角・張宝・張梁の3兄弟が起こした黄巾の乱の残党です。

 

董卓が呂布に殺された直後、

約100万人の青州黄巾賊が一斉に反乱を起こし、

兗州へ攻め込んできます。

 

この時兗州を治めていたのは、

反董卓連合にも参加した鮑信と劉岱でした。

 

鮑信は籠城戦を、劉岱は討伐戦を主張し、

お互い意見が割れてしまいました。

 

そこでそれぞれの考えを尊重し、劉岱は黄巾賊討伐として出陣しますが、

あっさりと劉岱は討たれてしまいます。

鮑信、曹操を頼る

蒼天航路(7巻130P)より画像引用

 

劉岱が討たれた事で、鮑信は焦ります。

そして反董卓連合でも共に戦った曹操に対して援軍を求めます。

援軍を送ってくれれば兗州牧を任せるというお礼もつけて・・・・

 

しかしこの時の曹操は、

董卓を追撃し、こてんぱんに敗れた直後で、

全く兵を持っていませんでした。

 

そんな状況にあった曹操ですが、

義勇軍を募集し、5000人の兵の調達に成功します。

 

そして曹操はこの5000人を引き連れ、

鮑信を助けるために兗州へ向かいますが、

黄巾賊は手ごわく、曹操軍の損害は増していくばかりでした。

 

援軍を求めた鮑信は、戦いの最中に討死してしまいます。

青州兵の誕生

曹操は黄巾賊と長らく戦う事は無理だと考え、

黄巾賊の食糧不足や疲労が溜まってきたところを見計らって、

曹操は黄巾賊の長老らと交渉します。

 

その時に曹操が提案した内容が次の通りです。

  • 黄巾賊の信仰(太平道)はそのまま認める
  • 黄巾賊の軍団を別の軍団と混ぜない
  • 仕えるのは曹操一代のみ

 

これを受け入れた約100万の黄巾賊は、

曹操の軍門に降ります。

 

ちなみに戦闘員30万人、

それに女子供等合わせて約100万人という構成です。

 

 

ほとんど兵を持っていなかった曹操ですが、

青州黄巾賊を吸収した事によって、大きな兵力を獲得する事に成功したのです。

それも兗州までおまけに。

 

青州黄巾賊の戦闘員30万のうち、更に精鋭10万人に絞ります。

この10万人は「青州兵」と呼ばれ、曹操の原動力になっていきます。

曹操がこの戦いを通じて手に入れたもの

蒼天航路(7巻166P)より画像引用

 

  • 兗州牧
  • 30万人の青州兵
  • 100万人の民

 

曹操にどうしても足らなかった領地と多くの兵を、

この一戦で獲得する事ができたのです。

 

そういう意味で、鮑信から援軍要請がきたことは、

その後の曹操の運命を大きく変える出来事だったのは言うまでもありません。

曹操死後の青州兵

蒼天航路(36巻254P )より画像引用

 

曹操は生きている間、

青州黄巾賊と交わしていた約束は守り通していました。

 

また青州黄巾賊の民には土地を貸し、

牛を与えたりと生活できるような環境を与えてあげてました。

 

そんな曹操と青州兵の関係ですが、

220年に曹操がこの世を去り、青州兵と曹操との間で結ばれた最後の約束が終了し、

青州兵は、跡を継いだ曹丕には仕えず、郷里の青州に戻っていきます。

 

曹操は青州黄巾賊との約束を守り抜き、

青州黄巾賊もまた曹操との約束を最後まで守り抜いたのでした。